ポールが認めざるを得なかった──ジョン・レノンの天才が決定的だった5曲

ジョンレノン

結論だけ先に言うと、ビートルズの「主導権」は、曲によって入れ替わります。
ただし、ある種の曲では、ポールがどれだけ優れた仕事をしても“行き先”だけは上書きできない瞬間がありました。

この記事は「好き嫌い」でも「格付け」でもありません。
見るのは一点だけ。この曲はどこへ向かうのか──その設計図(フレーム)を誰が握っていたのかです。


この記事で分かること

  • 「ポール主導だった」という説明が、なぜ一部の曲で通用しないのか
  • ここで言う「負けた」の定義(※人気や売上ではない)
  • ジョンの“視点の設計”が、他者の介入を拒む瞬間
  • 決定的5曲(Strawberry Fields Forever / Tomorrow Never Knows / A Day in the Life / Happiness Is a Warm Gun / Across the Universe)

前提:ビートルズは「ポール主導」だった、という誤解

ビートルズの制作は、しばしばこう説明されます。

  • ポールが音楽的にまとめる
  • ジョンが刺激を加える

この説明には、ちゃんと根拠があります。
アレンジ能力、仕上げの精度、完成度の調整という点で、ポールの貢献は圧倒的です。

ただ、それでも。
ポールの“勝ち筋”が最初から効かない曲が確かに存在します。
ここで扱うのは、まさにその瞬間です。


この記事で扱うのは「好き嫌い」でも「格付け」でもありません

最初に断っておきます。
この記事は、ジョンを持ち上げてポールを下げる話ではありません。

また、「どちらが偉いか」「どちらが天才か」を決める記事でもありません。
ここで扱うのは、才能の優劣ではなく、才能の“質”がぶつかった場所です。


ここで言う「負けた」とは何か

この記事で使う「負けた」という言葉は、感情表現ではありません。定義は一つです。

曲の枠組み(フレーム)を、自分の感覚では上書きできなかった状態

  • メロディの良し悪しではない
  • 技術力の差でもない
  • 貢献度の大小でもない

要するに、「この曲はどこへ向かうのか」
その行き先(設計図)を最後まで自分の側に引き寄せられなかった。
それを、便宜的に「負けた」と呼びます。


なぜジョンの曲だけが、この現象を起こすのか

ジョン・レノンの才能は、メロディや言葉以前に視点の置き方にあります。

  • 世界をどこから見るか
  • 現実をどう歪めるか
  • 聴き手をどこへ連れて行くか

この「視点の設計」で、ジョンは他者が入り込めないフレームを作ることがある。
ポールはその内側で最高の仕事ができる。けれど、フレームそのものを書き換えることはできない
これが、今回の5曲に共通するポイントです。


これから紹介する5曲について

取り上げるのは、どれも有名で評価も高く、議論の多い曲です。
重要なのは一点だけ。
「なぜこの曲では、ポールが主導権(行き先)を取れなかったのか」

この視点で聴き直すと、ビートルズの力関係が少し違って見えるはずです。


1. Strawberry Fields Forever|なぜ“説明しない内面”が主導権になったのか

この曲で、ポールが“負けた”一点

ポールが勝てなかった理由は、才能でも技術でもありません。
「自分の内面を、説明せずに成立させる」──そのやり方そのものです。

内省的な曲と言われがちですが、実際には違う。
この曲は内省を“理解させる努力”をしない
ここに、ポールは踏み込めませんでした。

制作時の状況

1966年末〜67年初頭に制作。ジョンは子ども時代の感覚や記憶を題材にしながら、整理しないまま曲に置いていった。
重要なのは「何を歌っているか」より、なぜ説明しないままで許したかです。
この判断が曲のすべてを決めました。

なぜ主導権を取れなかったのか

ポールには「聴き手が迷わない設計」があります。
一方この曲は、迷うことが前提。

  • 始まりが分かりにくい
  • 盛り上がりが定義できない
  • 終着点が安心を与えない

これは欠点ではなくルールです。ルールを決めたのがジョンでした。

聴きどころ

時間がないなら、曲全体を通して「足場が一度も現れない」ことだけ確認してください。
安心できるサビも、気持ちよく終わる着地点も、意図的に置かれていません。
違和感を覚えたなら、それがこの曲の完成形です。

割れる論点

  • 整理されていない=未完成
  • 整理しなかった=完成

この選択を、曲の途中で聴き手に委ねている。
その設計自体が、ポールの射程外でした。


2. Tomorrow Never Knows|作曲以前に勝負が終わっていた理由

この曲で、ポールが“負けた”一点

決定的なのは、「曲を作る入口」がいつもの場所に存在しなかったことです。
普通の曲なら入口は分かりやすい。コード進行、メロディ、サビ、展開。
ところがこの曲は最初から「そんな入口は要らない」と言っている。
勝負は作曲以前に決まってしまいました。

制作時の状況

1966年『Revolver』制作中。ジョンの発想は「いいメロディを作ろう」ではありません。
一つの響き(ドローン)に乗って声を浮かせたいから始まっている。

  • ほぼ動かない土台
  • 展開を作らない
  • 曲らしさを捨てる決断

テープ逆回転や人工的処理が、飾りではなく曲の中心になった。
「変わった音を足した」のではなく、曲=音の出来事という定義に変えたのです。

なぜ主導権を取れなかったのか

ポールの強みは、入口がある時に最大化します。
ところがこの曲には入口がない。

  • どこが始まりか分からない
  • どこが山場か分からない
  • どこへ着地するのか決めない

あるのはただ一つ。「この感覚を起こしたい」という目的だけ。
この時点で、整える・まとめるという得意技が効きにくくなる。
才能の差ではなく、土俵が違いました。

聴きどころ

「曲」として理解しようとすると迷います。代わりに一点だけ。
聴いている途中で「時間が消える」瞬間があるか
盛り上がっていないのに引き込まれ、進んでいないのに体験だけが残る。
この曲はメロディではなく状態を作っています。

割れる論点

  • 革命:音楽の定義を更新した
  • 逃げ:作曲の勝負から降りた

どちらに感じてもいい。重要なのは、判断を強要する設計が当時の常識では異物だったこと。
常識の置き場が違った。それが敗北の正体です。


3. A Day in the Life|同じ曲なのに、二人が見ていた世界が違いすぎた

この曲で、ポールが“負けた”一点

ポイントは、「この曲がどんな世界として終わるのか」の決定権です。
共作なのに対等に聞こえない。途中で世界が変わるのに、戻っていく場所が最初から決まっているからです。

制作時の状況

1967年『Sgt. Pepper』制作中。ジョンは新聞記事を材料にしながら、現実をそのまま描かない断片的歌詞を書いた。
一方ポールは、起床〜身支度〜外出という整理された日常の断片を持っていた。
どちらが優れていたかではなく、一日を見ている高さが違ったのです。

曲の途中で何が起きているのか

中盤にポールのパートが現れ、世界は一度現実に戻る。時間が流れ、地面に足が着く。
でも長く続かない。ポールの世界が終わった直後、音程は溶け、リズムは消え、オーケストラは制御を失う。
曲は元いた場所へ引き戻されます。

なぜ主導権を取れなかったのか

ポールは混沌を整理できる。しかしこの曲では、混沌そのものが帰る場所になっている。

  • 始まりはジョン
  • 途中で一度、現実へ降りる
  • 終わりは再びジョン

この構造は崩れない。ここでの敗北は音楽的ではなく、行き先を決める権利を最初から持っていなかったことです。

聴きどころ

注目してほしいのは、ポールのパートが終わった“直後”。
安心が終わり、説明が消え、曲が再び不安定になる瞬間です。
ここで聴き手は理解する。この曲は、ここに戻ってくるように作られていたのだと。

気持ちの悪い論点

  • ポールのパートがなければ成立しない
  • しかし、ポールの世界では終われない

必要だったのに、支配できなかった。この感触が曲の正体です。


4. Happiness Is a Warm Gun|「曲として理解させない」ことで完成してしまった

この曲で、ポールが“負けた”一点

この曲は、そもそも主導権という概念が通用しにくい。
決定的なのは、“整えれば良くなる”という常識が最初から効かないことです。
ポールの強みは、発揮される前に無力化される。

制作時の状況

断片が連結された構造で、テンポも雰囲気も重さも切り替わる。
未完成だからではありません。最初からきれいに説明できる曲にする気がない
置いていく/追いつかせるが反復され、そこに曲の核があります。

なぜ介入できなかったのか

ポールは複雑な素材ほど強い。まとめて流れにし、迷わせない形にできる。
しかしこの曲では、迷わせないことが正解ではない。むしろ逆。
迷わせることが完成形として選ばれている

分かりやすく整えれば、この曲の価値が消える。介入は改善ではなく改変になる。
ポールが何もできなかったのは弱さではなく、触った瞬間に別の曲になってしまうタイプだったからです。

聴きどころ

サビも統一感も普通の形では用意されていない。なのに最後まで聴いてしまう。
理由は一つ。切り替わりのたびに「次は何だ?」と脳が前のめりになる。
分からないのに離れられない。その感覚が出たら、狙い通り機能しています。

割れる論点

  • 革命:曲を物語ではなく出来事に変えた
  • 暴走:曲としての説明責任を放棄した

どちらも成立する。ポイントは、判断を委ねているのではなく判断せざるを得ない状態に追い込んでいること。だから強い。そして厄介です。

そして、この混乱は終わらない

入口は壊れ、途中は引き裂かれ、この曲では制御そのものが拒否された。
次に出てくるのは、壊れたまま暴れ続ける音楽ではありません。
すべてがほどけたあとに残る、静かすぎる感覚です。
──Across the Universe


5. Across the Universe|すべてを壊したあとで、世界をそのまま受け入れてしまった

この曲で、ポールが“負けた”一点

複雑でも極端でもない。むしろ逆です。
「何もしない」という選択を、最後まで貫けなかった。ここがポイントになります。

この曲は主張しない。構造で驚かせない。展開で引っ張らない。
ただ流れ続ける。
ここでは、曲を良くしようとする行為そのものがノイズになり得る。
その感覚を、ポールは完全には引き受けきれなかった。

制作時の状況

混乱や衝突から生まれたというより、すでにすべてが起きた“あと”の状態に近い。

  • 展開は最小限
  • メロディは反復的
  • 感情の起伏は抑えられている

前へ進むというより、流れの中に置かれたまま時間だけが過ぎていく。
説得も訴えも抵抗もない。あるのは受容だけです。

なぜ主導権を取れなかったのか

ポールは本来、音楽に意味を与えられる。構造を整え、輪郭をはっきりさせられる。
でもここで意味を足すと、方向転換になる。

この曲は「こう感じてほしい」と言わない。ただ「こう流れている」と置いてある。
何かを加えれば、説明される音楽になる。
ジョンが選んだのは、説明しないまま世界を通過させるやり方でした。

聴きどころ

注目してほしいのは、抵抗したくなる瞬間が一度も来ないこと。
引き留められない。逆らえない。ただ流されている。
それなのに不快ではない。むしろ落ち着いている。
気づいた瞬間、この曲は単なるバラードではなくなる。音楽というより状態に近い。

割れる論点

  • 無力:何も起こらない、主張のない曲
  • 到達:もう抗う必要がなくなった地点

どちらも間違いではない。
ただ、この曲が示しているのは「何も起こさなくても世界は続く」という事実です。


ここまで聴いてきて、残ったものがあるとすれば

5曲を並べると、共通して起きていたことが一つあります。

ポールが勝てなかったのではなく、勝とうとする前提そのものが通用しなかった。

起きていたのは、才能の衝突ではなかった

メロディの優劣でも、技術の差でもありません。

  • 入口が壊され
  • 途中が引き裂かれ
  • 制御が拒否され
  • 最後には意味を足す必要すら消えていった

これは敗北ではなく、音楽に向かう姿勢の違いがそのまま表に出ただけでした。

「負けた」の本当の意味

ここでの「負けた」は、誰かを下げる言葉ではありません。
自分のやり方が通用しない場所が確かに存在した。その事実です。
そして、その事実をポール自身が理解していた。だからこそ、これらの曲は成立し、今も残っています。

もう一度、ビートルズを聴くとしたら

次にビートルズを聴くとき、「誰がこの曲の行き先を決めているか」だけ意識してみてください。
同じ曲が、別のものに聞こえ始めます。

それでも、物語は終わらない

この話には反対側があります。
ジョンにも、どうしても抗えなかった世界があった。
次に現れるのは、「ジョンが負けた曲」たちです。ここから視点は反転します。


この記事で触れた曲を、もう一度まとめて聴くなら

ここで扱った5曲は、どれも単体で聴くより、
流れとして続けて聴いたときに、印象が大きく変わります。

もし、この記事を読んだあとに改めて聴き直したくなったら、

こちらをどうぞ。

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