時代を彩った数々の名曲を生み出し、音楽史に燦然と輝くビートルズ。彼らの音楽は、美しいメロディや心を掴む歌詞といった普遍的な魅力を持つ一方で、常に革新的な試みに満ち溢れていました。ここでは、そんな彼らの楽曲の中でも、特に異彩を放ち、「え、これもビートルズ?」と思わず耳を疑ってしまうような、ある意味で「ビートルズらしくない」実験精神に満ちた5つの楽曲に焦点を当てて掘り下げていきます。
「Tomorrow Never Knows」に見る“未来”の始まり
なんと言いましょうか、初めて聞いた時は、アルバムのジャケットを見返すほどに疑いました。「これがビートルズ?」私の中では、なかなか衝撃的な出会いだったと記憶しています。
不朽の名作アルバム『Revolver』のラストを飾る「Tomorrow Never Knows」は、私にとってまさに「異次元」の音楽でした。「She Loves You」に代表される初期ビートルズの楽しい感じ、それから、しっとりとした「Yesterday」などからは、とてもじゃないけど想像もつかない、サイケデリックで実験的なサウンド。目玉がぐりぐりまわるほどの一撃をくらいました。
後から調べてみるに、この曲の最大の特徴は、たった一つのコード(Cドローン)の上で展開される、催眠的なグルーヴ。通常のポップソングにある展開やサビなんかは存在せず、初めから終わりまで、ふわふわした「浮遊感」のあるループが続きます。そのサウンドの上に、摩訶不思議な逆再生テープやループ音、エフェクトまみれのドラム、そして拡声器を通したようなジョンのボーカルです。あれは一体なんなんでしょうか。仏教のお経のようです。
それもそのはず、このサウンドの背景には、ジョンレノンが当時傾倒していたティモシー・リアリーの『チベット死者の書 サイケデリックバージョン』の影響があります。歌詞には仏教的な死生観や瞑想思想が見え隠れし、宗教とロックの境界を溶かすような挑戦が感じられます。
ジョンは、チベットの僧侶が経典を唱えているような感じにしたかったのだとか。それは実現しませんでしたが、ジョンのボーカルをレスリースピーカー(回転するスピーカー)を通すことで、奇妙なエコー効果を醸し出しています。まさにこの曲にぴったりのボーカルですね。
この曲は、ビートルズのターニングポイントとして語られることが多いですが、まさにその通りだと思います。まさか、あのビートルズがこんな曲を作ってたなんて!ちなみにタイトルは我らがリンゴスターの何気ない一言から付けられています。Tomorrow Never Knows。文法的には正しくないようですが、正しいとか正しくないとかの問題ではないのです。
間奏とエンディングが主役!?「Being for the Benefit of Mr. Kite!」
ビートルズの最高傑作と銘打たれたアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』自体がすでにビートルズっぽくないような気がしますね。ビートルズが架空のバンドを演じるというコンセプトなわけですから、それもそのはずでしょうか。このアルバムの良さがわかるまで、私なんかは少し時間がかかりました。そこに収録されているのがジョンレノン作「Being for the Benefit of Mr. Kite!」です。
曲のテーマは、サーカスです。陽気で楽しいけれど、少しだけ不気味な空気を見事に表現した作品だと思います。ジョンがアンティークショップで偶然見つけた19世紀のサーカスポスターから直接インスピレーションを得たのは有名ですね。実際の歌詞も、ポスターに書かれていた文言をほぼそのまま引用しています。どうしたんでしょうか、ジョンレノン。すごい省エネ。疲れていたのでしょうか。
私がこの曲で注目しているのは、あの間奏とエンディングなのです。この曲、一般的なポップソングに見られるような起承転結の構成や、明確なサビやヴァースの分かれが曖昧だと思いませんか?むしろ、間奏とエンディングの部分のサウンドで醸し出される雰囲気の演出が主役となっており、他のビートルズ楽曲にはあまりみられないものだと思うのです。そういう意味で、ビートルズっぽくないなと感じるわけです。
あのサーカス感満載のサウンドは、オルガンの録音テープを細かく切り刻み、それを物理的にばらまいたうえでランダムに再接合するという、なんとも前衛的な手法が用いられています。音響的なコラージュ作品といえるかもしれません。「Being for the Benefit of Mr. Kite!」は、ビートルズがポップミュージックの常識を超えた領域へと踏み込んだことを象徴する、極めてユニークな楽曲です。そこには、彼らが“音楽で何ができるか”を探求し続けた痕跡が刻まれており、まさに実験精神と遊び心の結晶とも言えるのではないでしょうか。
▼ 「Being for the Benefit of Mr. Kite!」が収録されているビートルズの最高傑作はこちら
ビートルズの常識を覆す、ポールの爆音ロック「Helter Skelter」
「Helter Skelter」は、ビートルズが持つポップで洗練されたイメージから大きくかけ離れた、荒々しく混沌としたエネルギーを爆発させた一曲です。1968年にリリースされた2枚組アルバム『The Beatles』(通称ホワイト・アルバム)に収録されており、その凶暴な音像と執拗なシャウトは、ビートルズという文字がイメージさせる「知的」「優雅」「メロディアス」といった印象とは対極にあります。しかも、この曲を作ったのが、この三要素をすべて持ち合わせるポールマッカートニーというとのも、ビートルズのイメージを崩壊させるものとなっています。
この楽曲の制作背景あったのは、何だったのでしょうか?私は、この曲に「ポールの挑戦」を感じます。当時、ザ・フーのピート・タウンゼントが「とにかく激しいロックを録音した」と発言したのを、ポールが何かの記事で読んだらしく、そこでメラメラと対抗心が湧き上がってきたのだと思います。
「ビートルズも激しく演奏できる」
意図的にポールは「過激なロック」を目指したわけです。その結果生まれたのが、怒号のようなギター、叫ぶようなボーカル、歪んだサウンドに包まれた「Helter Skelter」です。個人的な感想ですが、この曲もやっぱり「ビートルズっぽくない」ですね。今までのビートルズであれば、どんなに革新的であってもどこかに何かしらの抒情性や「優しさ」的なものがありました。ところが、この曲はそれが皆無です。
この曲にあるのは、音の暴力性と破壊性です。ギターの歪みとリズムの暴走、そしてポールの凄まじいシャウトが曲全体を支配しています。ときに不快なほどの音圧と雑音の渦が襲いかかり、そこには「聴きやすさ」や「調和」といった要素は一切ありません。
加えて、演奏も極めて粗く、意図的に混乱を作り出しています。ギターはフィードバックを起こし、ドラムは荒れ狂い、ポールのボーカルはシャウトと喘ぎ声を行き来します。曲の終盤には、リズムもテンションも崩壊寸前に達し、最後にリンゴ・スターが「I’ve got blisters on my fingers!(指にマメができた!)」と叫ぶ姿まで収録されています。
また、歌詞も非常に象徴的です。「Helter Skelter」という言葉は、イギリスの遊園地にある滑り台の名前で、螺旋状にぐるぐると滑り降りる様子を指します。ポールはこの言葉を、落下や転落、混乱、そして精神的カオスのメタファーとして用いたのかもしれません。この曲に関しては、深読みして、拡大解釈するのはよくありません。
「Helter Skelter」は、ポールの作曲でありながら、彼が普段見せるメロディアスな優雅さはほとんどありません。その意味で、ジョン的な実験性、あるいはハードロックやパンク、さらには後のグランジやメタルといったジャンルの萌芽すら感じさせるこの曲は、ビートルズというバンドの「限界突破」の瞬間を映し出しているように思えます。
この曲が伝えてくるのは、メッセージではなくエネルギーそのものです。整えられた言葉ではなく、むき出しの衝動。だからこそ、「Helter Skelter」はビートルズの中でも「らしくない」楽曲でありながら、最もロックであるとも言えるのかもしれません。
意味を超えた音の迷宮「I Am The Walrus」に迷い込む
個人的な感想ですが、1960年代ビートルズが世界中あまねく行き届いたのは、サウンドもさることながら、「わかりやすい歌詞」にあるではないかと思っています。初期のころ、比較的平易な英単語で構成されている彼らの歌詞は、大人から子供、英語が苦手な日本国民にいたるまで、多くの人々のハートを射抜いたわけです。もちろん「Norwegian Wood」のような平易な表現で奥深い意味を持った曲もあるのですが、大き分類すればビートルズの歌詞は「わかりやすい」のかなと思うのです。
そんな私の単細胞的な思考を見事に裏切るのが「I Am The Walrus」です。1967年にシングル「Hello, Goodbye」のB面として発表されたジョンの作品です。この曲はビートルズの中でも特に「奇妙」で、「意味不明」で、「幻想的」です。その破天荒なサウンドとナンセンスな歌詞は、解釈を拒むような強烈な個性を放っています。
「I Am The Walrus」の歌詞には、明確なストーリーもなければ、なんの感情の流れもないのです。そこにあるのは、不可解さと物語性の崩壊です。なぞの「タマゴ男」や「ハレクリシュナを歌う小学生のペンギン」、「英国風の庭園での雨焼け」など、意味のつながらない映像的なフレーズの連続です。そもそもタイトルの「私はセイウチだ」という謎の自己主張からして、論理や文脈を求める人にとっては、Goo goo g’joobです。
この「意味の逸脱」は、ジョンの狙いだったのでしょう。当時、ビートルズの歌詞を深読みして、隠されたメッセージを探す風潮があったようで、それならばということで、意味不明なものを作ったのだとか。着想自体はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』の「セイウチと大工」からきており、幻想と論理のねじれた世界観は非常に近いものがあります。
サウンドもまた、従来のビートルズらしさを大きく逸脱しています。荘厳なストリングスと不気味なコーラス、電子的なエフェクトや変調されたボーカルが折り重なり、印象としては不気味で不安定。加えて、エンディングにはラジオから流れる『リア王』です。混沌です。ジョンの知的で反骨的な精神と、ポップの枠に収まることを拒む芸術家としての顔を同時に映し出しています。
「I Am The Walrus」は、音楽という形式をあえて壊すことで、新たな表現の可能性を提示した楽曲です。何を言っているのか分からない、でも耳を離れない。そんな矛盾の中にある魅力こそが、ビートルズが持つ奥深さであり、この曲が今なお聴く人を魅了し、考えさせ、混乱させる理由だと思うのです。
▼「I Am The Walrus」はこちらのアルバムで聴けます
革命を超えた混沌「Revolution 9」
とうとうジョンレノンが一線を超えてしまった感がある作品ですね。おそらくビートルズの楽曲カタログの中で、いちばん「聞かれていない」曲ではないでしょうか。これといったメロディを持たないサウンドのコラージュが8分くらい続く曲ですからね、聴く方にも気合いが必要になってきます。かくいう私は2ヶ月に1回くらい無性に聴きたくなります。
「Revolution 9」は、ビートルズが音楽の枠を大きく踏み越えた、極めて実験的な作品です。1968年のアルバム『The Beatles(ホワイト・アルバム)』の終盤に収録されており、もはや一般的な意味での「楽曲」とは言えないかもしれません。そこにあるのは、メロディも、リズムも、歌詞もない、ただ音の断片が重なり合い、混沌を描いた「音のコラージュ」です。このような作品が、当時世界で最も人気のあるポップバンドによって公式にリリースされたこと自体が、非常に異例な出来事でした。
この作品は、当然のことながら「ビートルズらしくない」わけです。理由は、枚挙にいとまがありません。従来の音楽的要素、つまり明快な旋律や詩的な歌詞、調和のとれたハーモニーといったものがまったく存在しないのです。代わりに耳に飛び込んでくるのは、テープの逆回転音、クラシック音楽の断片、機械音、赤ん坊の泣き声、人の叫び声、そして繰り返される「Number nine... Number nine...」という声。これらが統一されたテンポや構成の中ではなく、予測不能なタイミングで現れては消えていきます。
やっぱりオノヨーコの影響が大きかったのかもしれませんね。ヨーコは、「フルクサス(前衛芸術運動)」の関係者でしたから。二人はその「フルクサス」やミュージック・コンクレートといった、前衛的な表現に深く影響を受けており、「Revolution 9」にはその思想が色濃く反映されたというわけです。要するにこの作品は、ポピュラーミュージックではなく、アート作品として位置づけるものなのです。
この作品が収録された『ホワイト・アルバム』は、ビートルズの中でも特にメンバー間の関係性が不安定だった時期に制作されました。個々のメンバーがそれぞれの方向性を追求し始めていたこの時期に、ジョンが「Revolution 9」のような完全に独自の音楽表現をアルバムに収録させたという事実は、バンド内における主張の強さ、そしてアートとしての音楽に対するこだわりを示しているのかもしれません。
「Revolution 9」は、ビートルズの持つ「調和」や「美しさ」という概念を真っ向から否定し、音楽を解体しようとした試みです。万人に愛される楽曲ではないかもしれませんが、この一曲があったからこそ、ビートルズは「ただのポップグループ」にとどまらず、「時代そのものを映し出す表現者」として語り継がれる存在となったのです。
▼ 「Helter Skelter」と「Revolution 9」が収録されているアルバムはこちら
常識を覆す実験精神:ビートルズが示した音楽の多様性と革新性
振り返れば、「Tomorrow Never Knows」の異次元の音響体験、「Being for the Benefit of Mr. Kite!」の音響コラージュ、「Helter Skelter」の爆音ロック、「I Am The Walrus」の意味を超越した言葉遊び、そして究極の音響実験「Revolution 9」。
これら5つの楽曲を通して、ビートルズが単なるポップグループの枠に留まらず、常に音楽の可能性を追求し、既成概念を打ち破ってきた革新的な存在であったことが改めて浮き彫りになりました。耳馴染みやすいメロディーや共感を呼ぶ歌詞といった彼らの魅力の一方で、このような実験精神こそが、時代を超えて私たちの心を捉え続ける理由なのかもしれません。
これらの楽曲は、時に聴く者を戸惑わせ、混乱させるかもしれませんが、その奥底には、音楽という表現の自由さと、限界なき探求心、そして何よりも私たちを驚かせ、楽しませようとする彼らの遊び心が息づいています。ビートルズが示した音楽の多様性と革新性は、これからも多くのアーティストに影響を与え続け、私たちの音楽体験を豊かにしてくれることでしょう。
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もう少しビートルズを詳しく知りたい方は、歴史を押さえておきましょう。10分で分かるバージョンを用意しております。そして、忘れちゃいけない名曲ぞろいのシングルの歴史もあります。
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