ジョンレノンを偲んで聞きたいポールの2曲(12月8日はビートルズのジョンの命日)

ポールマッカートニー

12月8日は何の日?

毎年よく聞かれますよね。そうです。ビートルズ(The Beatles)のジョンレノン(John Lennon)の命日です。

1980年12月8日に熱狂的なファン(?)に自宅前で撃たれ、23時過ぎにニューヨークのルーズベルト病院で亡くなりました。

世界が泣いた日です。

毎年この日になるとニューヨークのセントラルパークでジョンを偲ぶ集会が行われています。もちろん、ジョンの故郷リバプールでも催されているでしょう。

日本をはじめ世界中でいまだに偲ぶ会が催されています。ファンは今でも泣いているのです。

今回は、そんな涙の命日に聞きたいポールマッカートニーの曲を紹介します。

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ビートルズはこの曲から始まった!?In Spite Of All The Danger

まず1曲目はIn Spite Of All The Dangerです。ビートルズのデビュー前に作られた曲で、クレジットはレノンマッカートニー(Lennon McCartney)ではなく、マッカートニーハリソンです!

実質的にはポールマッカートニー(Paul McCartney)が作ったらしいのですが、ジョージハリソン
(George Harrison)のギターが秀逸なのでクレジットにいれたとか。歌うはジョンレノンです。

ビートルズ時代にはない組み合わせです。

ビートルズデビュー前の作品なので、ジョンの命日とは関係ないと言えば関係ないのですが、この曲からビートルズが始まったと考えると、すこし感慨深くないですか。

この曲がレコーディングされたのは1958年。バディホリーのThat'll Be the Dayと共に自費制作のレコードとして録音された曲です。

デビューする前の若きジョン、若きポール、若きジョージの作品です。このころ無名だった彼らがやがて世界中を席巻していくのです。

1980年12月8日に、わけのわからない奴の暴挙によってジョンは死にました。と同時にビートルズの再結成の可能性もゼロになりました。

命日は4人によるビートルズの復活がなくなった日でもあります。そんな日に、若き日の情熱みなぎるこの曲、ビートルズの起点となったこの曲を聞いてみてください。

涙がでてきます。

ザ・クオリーメン時代からビートルズとしてのデビュー、『ビートルズフォーセール』までの未発表曲、アウトテイクが収録されています。コンサートでの演奏も収録されています。目玉はなんといってもFree As a Bird。生前のジョンが録音していたテープにポールとジョージ、リンゴが手を加えて完成させたビートルズの新曲です。

 

ジョンレノンの追悼歌 Here Today

1982年にリリースされたポールマッカートニー名義のアルバム『タグオブウォー』に収録されている作品です。

高校時代からの一緒にいた友人の死というのはどういうものなのでしょうか。幸いにも私には経験がないですが、その悲しみは想像を絶します。

ポールにとってジョンの死は、まわりがどうこう言えるものではないものでしょう。

近年、インタビューなどでポールはジョンの死のことを語ることもありますが、当時はあまり語っていません。唯一、このHere Todayでメッセージをジョンに伝えています。あまりに近い存在だったからこそ、言えなかったメッセージがこの曲に込められています。

正直、あまり頻繁に聞く曲ではないのですが、やはり命日になると聞きたくなる曲です。ファンにとっては特別な曲なのです。

ジョンの死後、追悼歌はいろいろなミュージシャンが発表しました。エルトンジョン、クイーン、デヴィットボウイなど。でも、やっぱりポールの追悼歌がこころにずしりときます。

もっと生きていてほしかった。

1982年にリリースされたポールにとってソロ名義では3作目となるアルバム。1982年にリリースされたポールマッカートニーのソロ名義3作目のアルバムです。ビートルズのプロデューサーのジョージマーティンがプロデュースしています。ゲストも豪華!スティーヴィー・ワンダー、カール・パーキンス、そしてリンゴ・スターが参加しています。ジョンレノンの死後にリリースされた作品で、ジョンの追悼歌Here Todayが収録されています。全英、全米をはじめ世界中で大ヒットしたアルバムです。

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