演奏が始まる前にエネルギッシュなカウントが入る曲、さりげない語りが差し込まれている曲。なんとなくですが、そこにいるかのような親近感やライブ感が感じられます。ビートルズにはそんな楽曲があります。たった一言の声が、なぜかその曲全体の世界観にぐっと引き込む力を持っている。この「声によるマジック」は、他のどんな音楽にもない魅力を秘めています。
ここでは、楽曲の冒頭に登場する「ビートルズの声」に注目します。耳に残るあの瞬間の秘密を、一生懸命に、紐解いてみたいと思います。まずは、伝説幕開けに相応しいこの楽曲です。
I Saw Her Standing There
カウントとと言えばこの曲ですね「I Saw Her Standing There」です。ビートルズの初期の代表曲です。この曲の魅力は、その象徴的なカウントに始まります。ポール・マッカートニーによる「One, two, three, four!」は、ただのカウントではありません。伝説の幕開けを告げる声です。
ポールの声は、ライブ会場で観客に向けて語りかけているかのようです。聴き手の心を瞬時に掴んで離さない、そうとうな握力を持っています。ビートルズの楽曲の中でも、これほど印象的に始まるものは少ないのではないでしょうか。まさにこの声が楽曲全体の雰囲気を決定づけています。
このカウントがもたらすのは、単なるテンポの指示以上の効果だと思います。リズムがスタートする瞬間に生まれる期待感、そしてその直後に始まるギターリフとの連動感は、まさにロックンロールの真髄。この曲のカウントの時点で、ビートルズは時代の頂点に立っていたのだと思います。ビートルズのエネルギーと若さ、そして溢れんばかりの情熱があのカウントにはギュウギュウに詰まっています。
この曲が登場するのは、ビートルズのデビューアルバム『Please Please Me』の一曲目です。アルバムの最初を飾る曲にふさわしい、インパクトのある幕開け。それがあの「One, two, three, four!」です。「今から何かすごいことが始まる!」という期待感も爆上がりです。その後にすぐ始まるギターとドラムの勢いは、リスナーを一瞬でロックンロールの渦に引き込んでいきます。デビュー前、ライブ活動で多くの観客を盛り上げてきたビートルズをそのままパッケージしたような感じですね。
歌詞もまた良い!ダンスフロアで出会った女性に心を奪われた瞬間を歌ったもので、シンプルでストレートな表現が、この曲の持つ若々しい情熱と純粋な感情を伝えています。この若さを象徴する歌詞と、サウンドが息をつかせる暇もなく次々と展開していきます。ポールのカウントによって始まるこの曲のダイナミックな展開は、最初から最後まで耳を離せなくする力を持っています。
「I Saw Her Standing There」は、当時のロックンロールの枠組みに収まらない何かを持っていると思いませんか。確かにロックンロールではあるのだけれど、その一言では語れないものがあります。ポールの冒頭のカウントが生み出すライブ感と親近感は、この曲を聴く人に特別な体験を提供しています。この曲が多くのファンに愛され続ける理由は、その一瞬の声にこそあるのかもしれません。
次はちょっと珍しい曲です。
Do You Want to Know a Secret
ジョージの語りから始まるのがこの曲、「Do You Want to Know a Secret」です。公式リリースされた楽曲の中で、こんなふうに語りから始まるのは、この曲だけかもしれません。ジョン・レノンが作詞作曲したこの楽曲は、ディズニー映画『白雪姫』の劇中歌『I'm Wishing』からインスピレーションを受けたと言われています。その影響は、囁くような語り口やメロディのシンプルさに現れています。
歌っているのはジョージハリスン。冒頭の語りもジョージによるものです。冒頭の静かな語りが生む雰囲気は、ビートルズの他の多くの曲が持つエネルギッシュな始まりとは一線を画していますね。ジョージの声もまた良い!素朴で等身大の魅力を生んでいます。
楽器の音数を抑え、ジョージの声を中心に据えているイントロは、聴き手の耳を自然と物語に集中させる効果抜群。この技法は、音楽的には非常に効果的であり、また曲全体の親密な雰囲気を保つ重要な要素となっています。さらに、ミッドテンポのリズムは、聴き手にリラックス感を与えつつも、どこか期待感を持たせるような心地よさを演出しています。
「Do You Want to Know a Secret」の歌詞は、秘密の共有がテーマ。冒頭の語りは、秘密を共有するという親密な行為を実にうまく演出していると思いませんか。これがこの楽曲を特別なものにしているのだと思います。ビートルズの魅力はそのエネルギーや革新性だけでなく、こうした繊細な表現にもあるのだと、改めて感じさせられる一曲です。
次もジョージのボーカルの曲です。
Taxman
「I Saw Her Standing There」とは異なるカウントが聞けるのが、この曲「Taxman」です。この曲は、ビートルズの音楽の中でも特に異色の楽曲です。作曲はジョージが手がけており、1966年のアルバム『Revolver』のオープニングを飾っています。その力強い出だしは、ハリスンの「One, two, three, four, one, two」というカウントから始まります。「I Saw Her Standing There」の時のカウントとは違い、なんだか不気味な感じのするカウントです。
「Taxman」が制作された1960年代半ばは、ビートルズがアーティスティックで社会的なメッセージを発信するバンドへと進化していく過渡期でした。それまで恋愛や若者文化をテーマにした楽曲を多く手がけてきましたが、『Revolver』では実験的な音楽や新しい思想を取り入れ、より成熟した世界観を表現するようになっていきました。歌われるテーマも、惚れた腫れたの色恋沙汰ばかりではなく、社会的なメッセージが込められたものへと変化しています。「Taxman」は、その象徴的な楽曲で、当時の税制への皮肉を込めた、バリバリの社会批判ソングです。
ちょっと不気味な感じのするこの曲のカウントからは「ただ事ではない」雰囲気が漂います。特に、軽やかで明るい音楽から始まることが多かっただけに、このコントラストは鮮明です。カウント直後に流れるのは、鋭く切り込むようなギターリフです。このリフもまた攻撃的で、楽曲全体に鋭さをもたらしています。今までのビートルズとは完全に違うものです。
ジョージはこの曲で、イギリスの高税率制度に対する不満を表明しています。実際のところ、ビートルズのメンバーは収入の大部分が税金で持っていかれることに大きなストレスを感じていました。その現状に対して、ユーモアを織り交ぜながら絶妙に皮肉っています。それを歌うジョージのボーカルも、普段の穏やかなトーンとは異なり、切迫感が強く、聴く者に強烈な印象を与えます。
「Taxman」で、ある種ビートルズは、社会に対する意見をストレートに音楽で表現することができるバンドであることを証明しました。それまでのイメージを覆すこの楽曲は、ビートルズのアーティストとしての成長を象徴しています。それにしても、ビートルズの最初のメッセージソングがジョージの手によるものなのが、なんだかすごいですね。
次は、ジョンとポールの華麗なるデュエットソングです。
Two of Us
“I dig a pygmy by Charles Hawtrey and the Deaf Aids. Phase one, in which Doris gets her oats.”
これは何と表現したらよいのでしょうか?ジョンの謎の発言が曲の冒頭を飾っています。「Two of Us」です。日本語に訳すことを試みましたが、訳しても意味がわかりませんでした。まあ、でもここから伝わってくるのは、ライブ感とでもいいましょうか。スタジオの中でジョンとポールが楽しくリハーサルをしていたのがわかります。『Let It Be』というアルバム自体、初期のようなライブ感を目指したものなので、そういう感じが伝わってきますね。
この曲のポイントは、なんといっても歌詞じゃないでしょうか。実に深読みさせる内容になっています。特に私のようなファンは、「ジョンとポールの友情や過去の共有体験」を歌ってるんじゃないかと、ウキウキしてしまいます。作者のポールは、リンダとのことを歌ったものと明言していますが、それだと、どうにも腑に落ちない歌詞もあります。「目の前に延びる道よりもずっと長い思い出がある」なんて歌詞は、やっぱり友情的なものを歌ってるんじゃないかと思ってしまいますね。
ジョンとデュエットしているのも、そうした解釈に拍車をかけています。解散間近という背景も後押ししてきます。アコースティックギターの軽快なリズム、ジョンとポールの美しいハーモニー。このシンプルなアレンジは、彼らの友情や楽曲のテーマにぴったりじゃないですか。華美な装飾を排除したことで、聴き手は二人の声に自然と耳を傾けることができる点も、ますます解釈を揺るぎないものにしてくれます。どうにかこうにか「友情的」なものに持っていきたいファンの心理です。まあ、冷静に考えてみると、20代後半の成人男性が友情的なことを本人を目の前にして言うかと問われれば、それはNoなんですけどね。
「Two of Us」は、アルバム『Let It Be』の冒頭を飾る楽曲です。このアルバムは、様々な葛藤や緊張の中で制作されました。しかし、「Two of Us」の持つ軽やかさと温かさは、そのアルバム全体の中でも異彩を放っています。特に、ジョンとポールの関係が複雑になっていた時期であるにもかかわらず、この楽曲には二人の絆が感じられますね。ふんわりと冒頭のジョンのジョークにそんなことを感じてしまいます。
次は、ビートルズ最後の新曲です。
Now and Then
もしこの曲が本当に最後の曲なのであれば、冒頭のカウントは最後のカウントということになります。「Now and Then」のカウントはポールによるもの。I Saw Her Standing Thereでビートルズの伝説の幕開けを宣言したポールが、最後のNow and Thenでもカウントを担当し、伝説の幕を閉じることになりました。50年以上の歳月をかけた見事な演出です。
この「Now and Then」は、ビートルズらしさと時の流れを見事に融合させた作品です。ジョンのデモテープから始まったこの曲は、1990年代のアンソロジープロジェクト時にも制作が試みられましたが、当時の技術ではジョンのボーカルを十分に引き出すことができず、一度は挫折を余儀なくされました。しかし、2023年になり最新のAI技術が飛躍的に進化したことで、ジョンのボーカルはクリアに抽出され、まるでジョンが今ここにいるかのように、響いてきます。
もちろん、この曲にはジョージも参加しています。ジョージのギターは鮮明です。1990年代のセッションで収録されたジョージのギターは、彼特有のスライドギターの柔らかな音色と、切なくも優しいフレーズが特徴。そこにジョンの声、ポールのハーモニー、リンゴのドラムが加わり、ビートルズの音楽を作り上げています。まさに「まるでビートルズみたいじゃないか!」です。
このように、「Now and Then」は単なる過去の未完成曲の仕上げではありません。この曲のリリースについて賛否あるのかもしれえませんが、私はこの曲を、ビートルズが常に挑戦し続けてきた音楽的探求の延長線上にあるものだと思っています。ビートルズは現役時代に、レコーディング技術や新しい表現方法を積極的に取り入れ、ポップミュージックの枠を超えた革新を次々と生み出してきました。その革新精神が、今もなお息づいていることがこの曲で証明されたのではないでしょうか。
「Now and Then」のリリースによって、ビートルズ現象はまだ終わっていないことがはっきりと示されました。新しいAIという技術を駆使して作られたこの楽曲は、過去の思い出に浸るだけでなく、未来へと続く新たな音楽の物語を紡いでいます。これからもビートルズの音楽は時代を超えて愛され続け、私たちに新たな驚きと感動を与えてくれるでしょう。
Sugar Plum Fairy, Sugar Plum Fairy
なんともオシャレなカウントから始まるのは、「A Day in the Life」の未発表音源です。これは1967年の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』のレコーディング中に録音されたもので、正式な曲の冒頭には使われていませんが、後に公開された音源などで聞くことができます。
通常、カウントは「1, 2, 3, 4」といったシンプルなものが一般的ですね。でも、ジョンはこんなところにも遊び心のあるフレーズを取り入れています。この「Sugar Plum Fairy」というカウントは一体どこからきたものなのか。おそらく、即興的なものでしょう。こんなユニークなカウントを真剣な場でやられると、雰囲気が和みますね。スタジオ内の緊張をほぐす意図があったのかも、だとすると、さすがリーダー、ジョンレノンです。
「A Day in the Life」は、The Beatlesが音楽的な実験を積極的に行っていた時期に作られた曲です。特に『Sgt. Pepper's』の制作では、新しいサウンドや録音技術を駆使し、従来の枠にとらわれないアプローチが多く取り入れられていました。その中で、こうしたカウントの工夫も、自由な創作姿勢の表れでしょうか。
この「Sugar Plum Fairy」というカウントは、正式なリリース版には含まれていませんが、後年公開されたアウトテイクや未発表のリハーサル音源の中で耳にすることができます。ビートルズにとっては、その時々のジョークであったり、おふざけだったのかもしれませんが、こうした音源は、楽曲の制作過程の一端を垣間見ることができる、人類にって貴重な資料ですね。
ナレーション付きのYellow Submarine
「Yellow Submarine」には、特別なバージョンが存在します。冒頭に物語のナレーションが入るその音源は、行進する軍隊の足音をバックに、リンゴが語りかけるように始まります。このナレーションはジョンが書き上げ、完成度を高めるため何度も録音が重ねられましたが、最終的に正式リリース版では使用されませんでした。
この貴重な音源は、1996年にリリースされた「Real Love」に収録されています。この特別なバージョンからは、ビートルズの創作に対する真摯な姿勢が伝わってきますね。彼らが常に新しい表現方法を模索し、最高の作品を追求していた様子を垣間見ることができます。1960年代に制作されながらも日の目を見ることがなく、長い時を経て公開されることとなったこの音源は、ビートルズの実験精神と創造性を今に伝える貴重な証ではないでしょうか。
まさにこのバージョンは、ビートルズが音楽の新たな地平を切り開こうとしていた、あの創造性に満ちた時代を鮮やかに映し出す鏡といえるでしょう。
20世紀の音楽の歴史を刻む華麗なるカウント
ビートルズの楽曲には、印象的な「声」による導入が数多く存在します。デビュー作「I Saw Her Standing There」でのポールの力強い「One, two, three, four!」は、伝説の幕開けを告げる象徴的なカウントです。一方、「Do You Want to Know a Secret」では、ジョージの静かな語りかけが親密な雰囲気を醸成し、「Taxman」では不気味なカウントが社会批判的な楽曲の序章を飾ります。
「Two of Us」冒頭のジョンの謎めいた発言や、「A Day in the Life」での「Sugar Plum Fairy」という遊び心溢れるカウントなど、彼らは曲の導入部分にも創造性を発揮しています。さらに、「Yellow Submarine」のナレーション入りバージョンなんてものもあります。
そして2023年、最新のAI技術により実現した最後の楽曲「Now and Then」では、ポールによる最後のカウントが入っています。ビートルズの物語は、ポールのカウントで幕を開け、そして再びポールのカウントで締めくくられたことになります。これらの「声」は、単なる曲の始まりを示すものではなく、各楽曲の世界観を形作る重要な要素として機能し、ビートルズの創造性と実験精神を体現しているのです。
以上、「ビートルズが仕掛けた楽曲冒頭の「語り」と「カウント」の謎」でした。おしまい。
全オリジナルアルバムの聞きどころを紹介。詳しいアルバムガイドです。購入に迷っている方は読んでください。 クリックして詳しく読む
もう少しビートルズを詳しく知りたい方は、歴史を押さえておきましょう。10分で分かるバージョンを用意しております。そして、忘れちゃいけない名曲ぞろいのシングルの歴史もあります。
手っ取り早くビートルズの最高傑作を知りたい方は、ロックの専門誌「ローリングストーン」誌が選出したオールタイムベストアルバムの記事を読んでください。ロックを含むポピュラー音楽史の中で評価の高いアルバムをランキング形式で紹介しています。
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