ビートルズの音楽は、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの個性が融合して生まれた唯一無二のサウンドです。そのサウンドを生みだすうえで忘れてはいけないのが、「鍵盤楽器」です。その役割は非常に大きいものでした。ピアノやオルガン、エレクトリックピアノといった一般的な楽器から、チェンバロやメロトロンといった少し珍しい楽器まで、ビートルズはさまざまな鍵盤楽器を巧みに使い分け、楽曲に深みと彩りを加えてきました。
鍵盤楽器は、単なる伴奏ではなく、楽曲の雰囲気や感情を決定づける重要な要素として機能しています。たとえば、チェンバロの明瞭で歯切れのよい音色は、クラシック音楽のエッセンスを加え、楽曲に洗練された響きをもたらしました。また、メロトロンの幻想的な音色は、ビートルズの音楽に新たな次元をもたらし、サイケデリックな世界観を演出しました。これらの楽器は、ビートルズの音楽を単なるポップソングから芸術的な作品へと昇華させる役割を果たしたのです。
ここでは、ビートルズの楽曲に登場する鍵盤楽器の中でも、特にチェンバロとメロトロンといった、私にとってあんまり馴染みのない楽器に焦点を当て、その魅力を考えていきたいと思います。ビートルズがどのようにしてこれらの楽器を活用し、音楽に新たな表現をもたらしたのか。
ビートルズの楽曲を聴く際には、ぜひ鍵盤楽器に耳を傾けてみてください。それでは、さっそくこの2曲から。
チェンバロ(ハープシコード)の魅力が詰まった2曲
ビートルズの音楽には、伝統的な楽器を独自の方法で取り入れる試みが多く見られます。その中でもチェンバロ(ハープシコード)は、クラシック音楽のエッセンスを加え、楽曲に洗練された響きをもたらす役割を果たしました。チェンバロ特有の明瞭で歯切れのよい音色は、ビートルズの音楽に深みと彩りを加える要素のひとつとなっています。特に「In My Life」や「Fixing a Hole」では、この楽器の響きが楽曲のムードを決定づける重要な要素となっています。
In My Life(正確にはチェンバロではないらしい)
「In My Life」は、アルバム『Rubber Soul』に収録されている楽曲で、ジョンが自身の人生を振り返るような歌詞を綴った作品です。作曲もジョンでしょうか。ポールが作ったとの発言もあり、真相はわからないのですが、たぶんジョンなんじゃないかな。この曲の特徴的な要素のひとつが、間奏部分で聴こえるバロック調のチェンバロ風のフレーズです。
実際にはチェンバロではなく、ジョージ・マーティンがピアノを録音した後、テープの速度を変えることでチェンバロ風の音色を再現しているのだとか。この技法により、曲の流れにクラシカルな雰囲気が加わり、全体の洗練された印象をより強調しています。
この間奏部分は、楽曲のノスタルジックなテーマと完璧にマッチしており、ジョンの歌詞が描く回想の世界観をより深める効果を生んでいます。音楽的には、バロック音楽を意識したメロディラインとなっており、ポップミュージックの中にクラシックの要素を取り入れた先駆的な試みのひとつと言えるでしょう。
また、ビートルズが持つ革新性の一例としても重要なポイントです。当時のポップソングでは珍しかったこのアプローチは、後に『Penny Lane』や『Because』など、ビートルズがクラシカルな音楽要素を取り入れていく流れの先駆けともなりました。そう私は推測しております。
Fixing a Hole
「Fixing a Hole」は、アルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に収録された楽曲で、ポールが中心となって作曲した楽曲です。この曲では、チェンバロの音色が楽曲のムードを決定づける重要な要素となっています。
チェンバロのパートは、ポールによるものでしょうか?プロデューサーのジョージ・マーティンによって演奏されたとする説もあるようです。イントロからはっきりと聴こえるこの楽器の軽快な響きが、楽曲に浮遊感と独特のグルーヴを与えています。
この曲の歌詞は、ポールが創作活動や精神の解放について歌ったものとされ、チェンバロの明るく軽やかな音色がその自由な雰囲気をうまく補完していますね。特にヴァース部分では、チェンバロがリズムを刻みながら、楽曲全体の流れをリードする役割を果たしています。
また、ビートルズがサイケデリックな音楽表現を追求していた時期にあたることから、この楽曲のアレンジもその流れを汲んでいます。チェンバロの響きは、ギターやベースと絡み合いながら、楽曲に幻想的なムードを生み出しており、アルバムのコンセプトにも調和しています。
結果的に、「Fixing a Hole」は、ビートルズの楽曲の中でも特に洗練されたアレンジが施された作品のひとつとなりました。クラシック音楽の要素をポップミュージックに溶け込ませることで、ビートルズはまた新たな音楽的境地を切り拓いたのです。
メロトロンの音色が幻想的な2曲
ビートルズの音楽には、多くの革新的な楽器が用いられていますが、その中でも特に異彩を放つのがメロトロンです。このキーボード楽器は、各キーを押すことで録音されたテープの音が再生される仕組みになっており、ストリングスやフルートなど、さまざまな音色を再現することができます。ビートルズはこのメロトロンの特性を活かし、幻想的で奥行きのあるサウンドを作り上げました。
メロトロンの音色は、単なる伴奏としてではなく、楽曲の雰囲気を決定づける要素としても機能しました。特に「Strawberry Fields Forever」では、イントロのメロディを奏で、楽曲の幻想的な世界観を作り上げています。また、「Flying」では、幻想的で浮遊感のある雰囲気を生み出しています。こうしたメロトロンの活用は、当時としては非常に革新的であり、後のアーティストたちにも大きな影響を与えることになります。
Strawberry Fields Forever
「Strawberry Fields Forever」は、ビートルズの音楽における最も革新的な作品ではないでしょうか。その幻想的なサウンドの中心にはメロトロンの存在があります。イントロから聴こえるメロトロンのメロディは、楽曲全体の夢幻的な雰囲気を決定づけていますね。この音色はジョンの内省的な歌詞と相まって、現実と幻想が交錯する独特の世界観を作り出しています。このメロトロンのパートは、楽曲のムードを支える重要な要素となっています。
この曲のサウンドは、ビートルズの実験的なアプローチを象徴しており、メロトロンの使用がサイケデリック・ロックの発展に大きな影響を与えたことは間違いありません。メロトロンは通常のキーボードと異なり、キーを押すと録音されたテープが再生される仕組みになっており、この独特の音響特性が「Strawberry Fields Forever」の幻想的な雰囲気を強調するのに貢献しています。
特に、メロトロンのフルート音色を使用したイントロは、楽曲の象徴的な要素となっており、聴き手に不思議な浮遊感を与えます。ビートルズはこの楽器の特性を最大限に活用し、オーケストラのような響きを楽曲に取り入れることで、より豊かな音楽表現を実現しました。
「Strawberry Fields Forever」の制作過程では、複数のバージョンが録音され、それらを組み合わせることで最終的な形に仕上げられました。その中でメロトロンのサウンドは、楽曲の重要な要素として効果的に使用されています。イントロのメロトロンはポール、エンディングのメロトロンはジョンが演奏しているのかな。ともあれ、この音色は、ビートルズがスタジオ技術を駆使して創り出した音の魔法のひとつと言えるでしょう。
Flying
「Flying」は、ビートルズの1967年のアルバム『Magical Mystery Tour』に収録されたインストゥルメンタル曲です。この曲は、ビートルズが公式にリリースした数少ないインストゥルメンタル作品であり、メロトロンの使用がその特徴的なサウンドを形作っています。
メロトロンは、この曲の幻想的で浮遊感のある雰囲気を生み出すために重要な役割を果たしています。特に、曲の後半部分でメロトロンのストリングス音色が使用され、楽曲に深みと広がりを与えていますね。メロトロンの柔らかく揺らめく音色が、楽曲全体のムードを決定づけ、リスナーに不思議な浮遊感を感じさせます。
この曲のメロトロンのパートは、ジョンやポールによって演奏されたと考えられています。メロトロンの独特の音響特性が、楽曲のサイケデリックな雰囲気をさらに強調し、ビートルズの実験的なアプローチを象徴する要素となっています。この楽器のユニークなサウンドは、バンドの音楽に新しい次元をもたらし、後のアーティストにも多大な影響を与えました。特に「Strawberry Fields Forever」と「Flying」におけるメロトロンの使用は、ビートルズの音楽的冒険の象徴ですね。
その他の鍵盤楽器の魅力
ビートルズは、メロトロンやピアノ、エレクトリック・ピアノだけでなく、様々な鍵盤楽器を巧みに取り入れることで、その音楽世界に多彩な色彩と深みを加えてきました。ここでは、カリオペ、電子オルガン、ハモンドオルガン、そしてピアノとハーモニウムの組み合わせといった鍵盤楽器が、それぞれ『Being for the Benefit of Mr. Kite!』、『I Am the Walrus』、『Mr. Moonlight』、『Penny Lane』、そして『We can work it out』という楽曲においてどのように活かされているのか、少し触れてみたいと思います。
Being for the Benefit of Mr. Kite!(パイプオルガンのテープ編集)
『Being for the Benefit of Mr. Kite!』は、アルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に収録された楽曲で、その独特なサウンドが印象的です。ジョンはプロデューサーのジョージ・マーティンに対して、「おがくずの匂いがしそうな音にしたい」という乱暴な要求をしたようです。
マーティンもさぞ頭をひねったことでしょう。でも、やらなければならない。当初、マーティンはこの要求に応えるべく、スティーム・オルガンを使用することを考えました。しかし、当時入手可能だったスティーム・オルガンは、パンチ穴をあけて自動演奏するモデルしかなく、ジョンの求めるサウンドを実現するには不向きでした。こまったマーティンは、さらに頭を捻ります。最終的に、エンジニアのジェフ・エメリックとともに、パイプオルガンを録音したテープを数センチごとに切り、空中に放り投げてランダムに繋ぎ合わせるという奇想天外な方法採用。
このテープ編集によるサウンドは、カーニバルのような騒がしくも幻想的な雰囲気を生み出し、ジョンの求める「おがくずの匂いがしそうな音」を実現しました。このアプローチは、当時の音楽制作において非常に革新的であり、ビートルズがスタジオ技術を駆使して新たな音楽表現を追求していたことを象徴する一例ですね。
I Am the Walrus(電子オルガンとメロトロン)
「I Am the Walrus」は、ビートルズのサイケデリックな傑作のひとつであり、そのサウンドには電子オルガンとメロトロンが使われています。電子オルガンをはじめ、様々な電子楽器の音色が重ねられており、エレクトロニックな質感と音が長く伸びるような響きが特徴的な未来的なサウンドを生み出し、楽曲にシュールで神秘的な世界観をもたらしました。
また、メロトロンのストリングスやフルートの音も使用されており、電子オルガン以外の楽器も存在感があります。メロトロンのストリングス音は、楽曲に広がりを与え、メロトロンによって再現されたフルートの音色は幻想的な雰囲気をさらに強調しています。これらの音色が組み合わさることで、「I Am the Walrus」は、混沌とした情景や夢幻的なイメージを喚起する独特のサウンドスケープを創出しました。
ジョンは、電子オルガンやメロトロンといった新しい楽器を積極的に使い、挑戦的で実験的な音楽を作り上げました。特に、曲の中で途切れ途切れに聞こえるフレーズや、何層にも重なった音の響きは、現実と夢が入り混じったような不思議な感覚をもたらしてくれます。このようなアプローチは、後世のミュージシャンたちに莫大な影響を与えました。
Mr. Moonlight(ハモンドオルガン)
次はカバー曲から「Mr. Moonlight」です。いい曲ですねー。この曲のオリジナルはドクター・フィールグッド&ジ・インターンズによるもので、ビートルズバージョンは、アルバム『Beatles for Sale』に収録されています。
この曲では、ハモンドオルガンが使われていて、その温かみのある豊かな音色で、昔懐かしい雰囲気とエネルギーをたっぷりと注ぎ込んでいます。ハモンドオルガンは、独特の深い響きと、音がゆらゆらと揺れるビブラート効果が特徴で、ソウルフルで情熱的なサウンドを生み出します。ポールが演奏したこの楽器は、曲のリズムやメロディと見事に調和し、聴く人の心に深く染み込むような情感たっぷりの演奏を実現しています。
さらに、リンゴ・スターのボンゴやジョージ・ハリスンのアフリカンドラムなど、独特のパーカッションサウンドが特徴的です。これらのパーカッションがハモンドオルガンの音色と組み合わさることで、曲全体に立体感と温かみを与え、独自の雰囲気を作り出しています。
Penny Lane(ピアノとハーモニウム)
「Penny Lane」では、ピアノとハーモニウムが見事なコンビネーションを奏でています。楽曲に明るさと温かみがあるのはこれらの楽器のおかげでしょうか。ピアノは、クリアで透明感のある旋律を刻み曲全体の基盤をしっかりと支え、一方のハーモニウムは、その柔らかな音と持続する響きが、楽曲にエーテル的な幻想感をもたらし、情景描写をより豊かに演出しています。
この楽曲は、ピッコロトランペットのソロが非常に有名ですが、それ以外にも、多くの管楽器やパーカッションが使用されています。これらの楽器が組み合わさることで、「Penny Lane」は、懐かしさとともに新鮮な風景が広がるような、独自のサウンド世界を表現するに至っています。まるで一枚の絵画のように、豊かな色彩と深みを感じさせる仕上がりとなっています。
We Can Work It Out(ハーモニウム)
「We Can Work It Out」では、ハーモニウムがその存在感を発揮し、楽曲に穏やかな調和と温もりをもたらしていますね。ハーモニウムを演奏したのはジョンで、長い持続音と独特の共鳴効果が特徴です。
この楽曲は、ポールが書いたヴァースとジョンが書いたブリッジの組み合わせで構成されています。ポールのパートでは、ハーモニーが穏やかに曲を支え、ジョンのパートでは、ハーモニウムが際立ち、曲に変化を与えています。特に、ブリッジ部分でのハーモニウムの使用は、曲のテーマである対話と和解のメッセージを強調し、深い印象を残しています。ちなみに、この曲のミュージックビデオは複数あるのですが、いずれもジョンがハーモニウムを演奏しています。
まとめ ビートルズ流「鍵盤楽器」の使い方
ビートルズの音楽は、その時代を超えた普遍的な魅力を持っていますが、その秘密の一端は「鍵盤楽器」の巧みな活用にあります。チェンバロやメロトロンといった珍しい楽器から、ピアノやオルガンといった定番の楽器まで、ビートルズはこれらの鍵盤楽器を単なる伴奏としてではなく、楽曲の感情や世界観を形作る重要な要素として使いこなしました。
「In My Life」や「Fixing a Hole」では、チェンバロの音色が楽曲にクラシックの洗練された雰囲気を加え、ノスタルジックな感情を引き立てています。一方、「Strawberry Fields Forever」や「Flying」では、メロトロンの幻想的な音色が、サイケデリックな世界観を演出し、聴く者を非現実的な世界へと誘います。これらの楽器は、ビートルズの音楽に深みと多様性をもたらし、彼らのサウンドをさらに豊かなものにしました。
ビートルズの楽曲を聴く際には、ぜひ鍵盤楽器に耳を傾けてみてください。チェンバロやメロトロンの音色が、どのように曲の雰囲気を形作り、感情を伝えているかを感じ取ることができるでしょう。彼らの音楽の魅力は、メロディーや歌詞だけでなく、こうした細部にまで宿っているのです。
ビートルズの音楽は、鍵盤楽器の巧みな活用によって、単なるポップソングを超えた芸術的な作品へと昇華しました。チェンバロのクラシカルな響きや、メロトロンの幻想的な音色は、楽曲に深みと多様性をもたらし、聴く者に新たな感動を与えてくれます。彼らの音楽を聴く際には、ぜひ鍵盤楽器に耳を傾けてみてください。きっと新たな発見があるはずです。
以上、「ビートルズとあんまり知らない鍵盤楽器 伝説の名曲に隠された革新の力」でした。おしまい!
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もう少しビートルズを詳しく知りたい方は、歴史を押さえておきましょう。10分で分かるバージョンを用意しております。そして、忘れちゃいけない名曲ぞろいのシングルの歴史もあります。
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