ビートルズの「微妙な曲」!?批判された楽曲とその意外な魅力

ジョンレノン

ビートルズは数えきれない名曲を生み出してきたバンドですが、そのすべてが万人に受け入れられたわけではありません。中には、熱狂的に支持される一方で、賛否が分かれる楽曲も存在します。革新的すぎたのか、それとも個性的すぎたのか――。そうした「意見が割れる」曲こそ、ビートルズの挑戦的な姿勢を象徴しているのかもしれません。ここでは、そんな賛否両論を巻き起こしたビートルズの楽曲をご紹介します。あなたはどのように感じるでしょうか?

ビートルズの問題作「Revolution 9」

ビートルズの楽曲の中でも、最も異色であり、賛否が大きく分かれる作品といえば「Revolution 9」でしょう。1968年にリリースされた『ホワイト・アルバム』に収録されたこの楽曲は、伝統的なメロディーやリズムを排し、音のコラージュのみで構成されています。

聴く人によっては「ノイズの寄せ集め」と評される一方で、前衛芸術の一環として高く評価する声もあります。なぜ「Revolution 9」はこれほどまでに物議を醸したのか。その背景や魅力を探っていきましょう。

ジョン・レノンの芸術的挑戦:前衛音楽との融合

「Revolution 9」は、ジョンが主導して制作した実験的な作品です。ジョンは当時、オノ・ヨーコとの関係を深める中で、前衛芸術やコンセプチュアルアートに大きな影響を受けていました。特に、ヨーコが行っていたパフォーマンスアートやサウンド・インスタレーションの要素が、この曲の制作に色濃く反映されています。

また、ジョンはカールハインツ・シュトックハウゼンやジョン・ケージといった現代音楽の巨匠たちの作品にも影響を受けました。彼らが提唱する「ミュジーク・コンクレート」(具体音楽)は、環境音や日常の雑音を音楽として用いる手法であり、「Revolution 9」もこのコンセプトを踏襲しています。実際、曲の中には逆再生されたピアノや断片的な会話、効果音などが散りばめられ、伝統的な音楽構造とは一線を画しています。

さらに、1960年代後半は芸術の定義が大きく揺れ動いた時代でした。フルクサス運動などが台頭し、芸術は形式を問わず自由な表現を追求するものへと変化していきました。「Revolution 9」はまさにその時代の潮流を反映した作品であり、音楽を超えた「音の芸術」として位置づけられます。

「Revolution 9」への批判:リスナーを置き去りにした実験

「Revolution 9」は、リリース当初から多くの批判を浴びました。その最大の要因は、メロディーやリズムといった一般的な音楽の要素がほぼ存在しないことです。曲を通して繰り返される「Number nine... Number nine...」のフレーズと、雑多な音のコラージュが続くため、多くのリスナーにとっては「難解すぎる」「単なるノイズ」と感じられました。

また、アルバム全体の流れの中でも、この曲の存在は異質でした。『ホワイト・アルバム』は、ロックやフォーク、バラードなど多彩な楽曲が収録されたアルバムですが、「Revolution 9」だけはまるで別のジャンルに属しているかのようです。このため、アルバムの統一感を損なう要因として指摘されることもありました。

さらに、ビートルズのファン層は、必ずしも前衛音楽に親しんでいるわけではありませんでした。ポップやロックの楽曲を求めるリスナーにとって、「Revolution 9」はあまりにも突飛な試みであり、戸惑いを生んだのは想像に難くありません。

再評価の波:「Revolution 9」の先駆性

しかし、時代が進むにつれ、「Revolution 9」の評価は変わっていきました。1980年代以降、インダストリアル・ミュージックやノイズ・ミュージックといったジャンルが台頭する中で、「Revolution 9」がこれらの音楽の先駆けであったと再認識されるようになったのです。

また、この楽曲は「音楽とは何か?」という問いを投げかける挑戦的な作品として評価されています。ビートルズは商業的な成功を収めたバンドであると同時に、常に音楽の可能性を広げる実験を行ってきました。「Revolution 9」はその極致とも言える作品であり、伝統的なポップソングの枠を超えて、新たな表現を模索した結果なのです。

近年では、音響アートやサウンドデザインの分野においても、「Revolution 9」の技法が再評価されています。テープ・ループやフィールド・レコーディングの手法は、現代の電子音楽や映画のサウンドデザインにも応用されており、この楽曲が持つ先進性が再び脚光を浴びています。

シュールレアリスム的アプローチ:ジョンレノンの芸術観

「Revolution 9」には、シュールレアリスム的な要素も見られます。ジョンはこの楽曲を通じて、社会や政治に対する批評的な視点を表現しようとしたのではないかと考えられています。断片的な音の連なりや予測不可能な展開は、夢や無意識の世界を表現するシュールレアリスムの手法と通じるものがあります。

特に、1960年代後半は政治的・社会的な変革が盛んな時代でした。ベトナム戦争や学生運動が世界中で巻き起こる中で、ジョンは音楽を通じて新しいメッセージを発信しようと試みました。「Revolution 9」は、そんな時代背景を反映した一種の「音のプロテスト」とも言えるのかもしれません。

ビートルズの革新性を象徴する楽曲

「Revolution 9」は、ビートルズのキャリアの中でも最も挑戦的な楽曲であり、リスナーによって評価が大きく分かれる作品です。しかし、その革新的なアプローチは、後の音楽や芸術に影響を与えたことは間違いありません。音楽の可能性を広げ、リスナーに新しい体験を提供しようとする姿勢こそが、ビートルズの真骨頂なのです。

たとえ最初は受け入れがたい楽曲であったとしても、「Revolution 9」を改めて聴き直してみると、新たな発見があるかもしれません。ビートルズの音楽的な冒険心を感じながら、その意図や背景を考えつつ聴いてみると、また違った魅力が見えてきますね。私も最近、あの不気味さがクセになってきています。

ビートルズの異色カバー曲「Mr. Moonlight」

次の賛否両論楽曲は、『Beatles for Sale』(1964年)に収録された「Mr. Moonlight」です。ジョンの情熱的なシャウトと独特のアレンジが特徴のこのカバー曲は、一部のファンや評論家から、なかなか辛辣な評価を受けています。「なぜアルバムに入れたのか?」と疑問視される一方で、独自の魅力を持つ楽曲として再評価する声もあります。ここでは、「Mr. Moonlight」の背景や評価を探りながら、この曲の持つ価値について考えてみます。

なぜ「Mr. Moonlight」をカバーしたのか?

「Mr. Moonlight」は、1962年にRoy Lee Johnsonによって書かれ、同年にアメリカのR&Bグループ、Dr. Feelgood and the Internsによって録音された楽曲です。ビートルズは1962年半ばにこの曲をレパートリーに加え頻繁に演奏していました。ようするに馴染みのある楽曲だったわけです。

1964年、ビートルズは多忙を極めるスケジュールの中で『Beatles for Sale』の制作を進めていました。オリジナル楽曲のストックが不足していたことも一因ですが、それだけではなく、彼らが長年演奏してきた愛着のある曲であったことも、アルバムに収録された理由の一つだと考えられます。

評価が分かれる理由

「Mr. Moonlight」は、ビートルズの楽曲の中でも特に評価が分かれる曲の一つです。その主な理由をあげてみました。

インパクトのあるシャウト

曲の冒頭でジョンが発する「Mister Moonlight!!」というシャウトは非常に強烈です。これは原曲にも存在する要素ですが、ビートルズのバージョンでは特に際立っています。このシャウトを魅力的と感じるリスナーもいれば、唐突で耳障りと感じる人もいるらしいです(そんな人いるのか!?)。

独特なオルガンサウンド

ハモンドオルガンのソロが楽曲の雰囲気を大きく左右しています。このサウンドを「ユニークで魅力的」と捉えるリスナーもいれば、「チープで場違い」と感じる人もいます。特に、オルガンの響きとラテン音楽風のアレンジが相まって、従来のビートルズのサウンドとは異なる印象を与えています。

他のカバー曲との比較

『Beatles for Sale』には「Rock and Roll Music」や「Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey!」といった、エネルギッシュなカバー曲も収録されています。それらと比較すると、「Mr. Moonlight」はテンポが遅く、盛り上がりに欠けると感じるリスナーもいます。

再評価の声もある

一方で、「Mr. Moonlight」にはユニークな魅力があり、近年では再評価する動きもあります。

ジョンのボーカルの力強さ

何よりも注目すべきは、ジョンの歌唱力です。彼はこの曲を単なるカバーとしてではなく、自分のものとして歌い上げています。ソウルフルで情熱的なボーカルは、彼の初期のロックンロールへの愛情を感じさせるものであり、ライブ時代のエネルギーをそのまま閉じ込めたかのようです。

ビートルズの音楽的ルーツを感じさせる曲

「Mr. Moonlight」は、ビートルズがR&Bやロックンロールに根ざしたバンドであったことを示す貴重な記録です。彼らが商業的に成功した後も、自分たちのルーツに忠実であろうとしたことが伝わります。

「Mr. Moonlight」はビートルズの異色作として楽しむべき?

「Mr. Moonlight」は、ビートルズのカタログの中ではやや異色な存在ですが、それゆえにユニークな魅力を持っています。ジョンの情熱的なシャウト、オルガンソロ、そしてラテン風のアレンジという、ビートルズらしからぬ要素が混ざり合ったこの曲は、単なる「失敗作」ではなく、ビートルズの多様な音楽性を示す一例として捉えることができます。

確かに、この曲が『Beatles for Sale』のハイライトかと聞かれれば、そうではないかもしれません。しかし、リバプール時代のライブレパートリーとして演奏され、彼らが愛着を持っていた楽曲であることは間違いありません。もしあなたが「Mr. Moonlight」を久しぶりに聴くなら、新たな視点で向き合ってみるのも面白いかもしれません。

「ビートルズらしくない」と言われるこの曲だからこそ、改めて聴き直すと新たな発見があるかもしれませんね。

プロデューサーと対立「The Long and Winding Road」

ビートルズの楽曲の中でも、特に議論の的となった作品が「The Long and Winding Road」です。この美しいバラードは1970年にリリースされたアルバム『Let It Be』に収録されています。このアルバム自体、その制作過程ですったもんだありました。リリース後も何かとあり、特にポール・マッカートニーとプロデューサーのフィル・スペクターの対立は有名な話ですね。

作曲の背景

「The Long and Winding Road」は、ポールがスコットランドの農場で静かな時間を過ごしていた際に生まれたと言われています。彼はバンド内の緊張が高まる中で、孤独感や葛藤を抱えながらこの曲を書きました。その切なくも希望を感じさせるメロディーと、終わりの見えない旅路を歌った歌詞は、まるでビートルズそのものを象徴しているかのようです。

この曲が録音されたのは1969年1月の「Get Back」セッションの期間でした。当初、バンドはシンプルな編成で演奏し、ナチュラルな音作りを目指していました。しかし、最終的にアルバム制作が難航し、バンドの意向とは異なる形で仕上げられることになります。

フィル・スペクターのアレンジと論争

『Let It Be』のプロデュースを任されたフィル・スペクターは、「The Long and Winding Road」にストリングスとコーラスを加え、壮大なオーケストレーションを施しました。この「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる彼独自の手法は、曲にドラマチックな要素を与えましたが、ポールはこれに強い不満を抱きました。

ポールは本来、ピアノとバンドのシンプルな演奏で仕上げることを望んでいました。そのため、スペクターが彼の許可なく大幅なアレンジを加えたことに対し激怒し、これを撤回するよう求めました。しかし、その要求は通らず、最終的にポールはこの出来事をビートルズ解散の大きな要因の一つとして語るようになります。

賛否の分かれる評価

「The Long and Winding Road」は、ビートルズの楽曲の中でも意見が分かれる作品です。フィル・スペクターによるアレンジを支持する人々は、楽曲がより壮大になり、感情の高まりを強調したと評価します。一方で、ポールが望んだシンプルなバージョンこそが曲の持つ本来の美しさを引き出すと考えるファンも少なくありません。

この議論は2003年にリリースされた『Let It Be... Naked』で再燃しました。このアルバムには、フィル・スペクターの手を加えないシンプルなバージョンの「The Long and Winding Road」が収録され、多くのリスナーにとって新たな発見となりました。ポールの意図したアレンジが明確になったことで、改めて楽曲の持つ本質的な魅力が再評価されたのです。

ビートルズの終焉を映す楽曲

「The Long and Winding Road」は、単なるバラードではなく、ビートルズというバンドの終焉を映し出す楽曲としての意味を持っています。ポールがこの曲を書いた頃、バンド内の関係は冷え切っており、それぞれが異なる方向を向いていました。彼が「長く曲がりくねった道」と歌うその姿は、バンドの歩んできた道と、その終着点を象徴しているかのようです。

フィル・スペクターによるアレンジの是非を超えて、「The Long and Winding Road」は、ビートルズの歴史を語る上で欠かせない楽曲です。リスナーがどのバージョンを好むかはそれぞれですが、この曲が持つ普遍的な感動は、今もなお多くの人々の心に響き続けています。

不気味な歌詞の「Maxwell’s Silver Hammer」

続いて「Maxwell’s Silver Hammer」です。1969年に発表されたアルバム『Abbey Road』に収録されているこの曲は、一見するとポップで軽快。しかし、歌詞の内容をよく聴くと、主人公のマクスウェルが銀のハンマーで次々と人を襲うというブラックユーモア満載のストーリーになっています。このギャップこそが曲のユニークな魅力ですが、同時にビートルズファンやメンバーの間で評価が分かれる要因にもなりました。

では、なぜこの曲はこんなにも議論を呼ぶのでしょうか?制作の背景から評価、バンド内の軋轢まで、掘り下げてみます。

ポール・マッカートニーの「完璧主義」が生んだ摩擦

「Maxwell’s Silver Hammer」はポール・マッカートニーによる作品で、彼はこの曲を「ブラックユーモアを交えた寓話」として構想しました。当時、ポールはフランスの作家アルフレッド・ジャリーの「ユビュ王」に興味をもっていたらしく、その荒唐無稽な世界観が、曲のシュールな雰囲気に影響を与えてたのかもしれません。

しかし、問題はレコーディングの過程でした。ポールはこの曲に非常にこだわり、何度も何度も録音を繰り返しました。その結果、セッションは延々と続き、他のメンバーの不満が爆発寸前に。リンゴ・スターは後のインタビューで、「最悪なセッションだった」と回想しています。何度も同じフレーズをやり直し、同じリズムを叩かされ、疲労困憊。ジョージ・ハリソンも「フルーティーすぎる」と批判し、ロックバンドとしてのビートルズには似つかわしくないと感じていました。

ジョンに至っては、自動車事故で負傷していたためレコーディングに参加していなかったためか、「これはビートルズじゃなくて、ポールのソロ曲だ」とまで言い放っています。こうした状況は、バンドの内部の緊張を象徴する出来事の一つとなり、ビートルズの解散へと向かう流れを加速させた可能性もあります。

「明るくポップ」なのに「不気味」な歌詞

音楽的には、軽快で親しみやすいメロディが特徴的です。ポールはキャッチーな曲作りの名手であり、この曲でもその才能を発揮しています。しかし、問題はその歌詞。曲の主人公であるマクスウェル・エジソンは、銀のハンマーを使って次々と人を襲う大学生。教授や恋人、果ては裁判官までも彼の手にかかるというストーリーは、あまりにもシュールで、ユーモアというよりも不気味な印象を与えます。

「人生は何が起こるかわからない」というポールなりの寓話的な表現なのかもしれませんが、この残酷な内容と陽気なメロディのギャップが、聴く人によっては違和感を生むのです。

賛否の分かれる評価

「Maxwell’s Silver Hammer」への評価は、ファンの間でも二極化しています。

批判的な意見:

  • アルバム『Abbey Road』の流れを止めてしまう曲だという指摘。
  • ブラックユーモアが行き過ぎていて、不快感を覚える人もいる。
  • ポールの「完璧主義」がメンバーの反感を買った象徴的な曲。

擁護派の意見:

  • シンセサイザーを活用したアレンジは当時としては斬新。
  • メロディはポールらしくキャッチーで、耳に残る。
  • ブラックユーモアの表現としてはユニークで面白い。

ポール自身はこの曲を気に入っており、ライブで披露したいと考えていましたが、他のメンバーの賛同は得られませんでした。

「Maxwell’s Silver Hammer」は失敗作なのか?

結局のところ、この曲は「失敗作」なのでしょうか?

実際には、「失敗」というよりは「挑戦的な試み」だったと言えるでしょう。確かに、ビートルズのメンバーからの評価は低く、制作時の摩擦も大きかった。しかし、ポールの作詞のセンスや、ポップなメロディと不気味な歌詞のギャップを楽しめる人にとっては、唯一無二の魅力を持った楽曲でもあります。

また、この曲が『Abbey Road』に収録されたこと自体が、ビートルズの音楽の多様性を示す証拠とも言えます。アルバム全体が壮大な流れを持つ中で、「Maxwell’s Silver Hammer」は異色の存在ですが、それがまたアルバムのバラエティを生んでいるのです。

ビートルズの「異端児」的楽曲

「Maxwell’s Silver Hammer」は、ビートルズの楽曲の中でも特に賛否が分かれる作品です。その明るくキャッチーなメロディと、ブラックユーモアたっぷりの歌詞のギャップが、一部のリスナーには魅力的に映る一方で、他の人には違和感を与える要因になっています。

また、制作過程におけるメンバー間の軋轢も、この曲が語り継がれる理由の一つ。ポールの完璧主義がバンド内の摩擦を生み、それがビートルズ解散の伏線になったとも言われています。

とはいえ、50年以上経った今でも、この曲について語られるという事実こそが、「Maxwell’s Silver Hammer」の持つ独特な魅力を物語っているのではないでしょうか。

ビートルズの賛否両論ソング:「Ob-La-Di, Ob-La-Da」の魅力と波紋

ビートルズの楽曲の中で、ファンの間で意見が大きく分かれる曲の一つが「Ob-La-Di, Ob-La-Da」です。この陽気でキャッチーな曲は、1968年の『ホワイト・アルバム』に収録され、多くのリスナーに親しまれてきました。しかし、一方で「軽すぎる」「ポップに寄りすぎている」との批判も絶えず、特にジョン・レノンの反応は辛辣でした。では、この曲がこれほどまでに賛否を呼ぶ理由とは何なのでしょうか?背景を探りながら、その魅力を再発見してみましょう。

ポール・マッカートニーの陽気な発想

「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」はポール・マッカートニーが作詞作曲した楽曲で、そのタイトルはナイジェリア出身のミュージシャン、ジミー・スコットの口癖から取られました。意味は「人生は続く」――まさにこの曲の陽気な雰囲気そのものです。

当時、ポールはスカやレゲエに興味を持ち始めており、その影響が楽曲にも色濃く反映されています。スカ特有の軽快なリズムに乗せて、デズモンドとモリーという夫婦の何気ない日常を描く物語が展開されます。歌詞の内容自体はシンプルですが、その親しみやすさこそがこの曲の最大の特徴と言えるでしょう。

なぜ批判されるのか?

「Ob-La-Di, Ob-La-Da」に対する批判は主に二つのポイントに集約されます。 まず、音楽的な面では「単純すぎる」という声があります。ビートルズといえば、革新的なアレンジや実験的な楽曲で知られますが、この曲は極めてシンプルな構成で、ひたすら陽気なムードを貫いています。そのため、「ビートルズらしくない」と感じるファンも少なくありませんでした。 そして、この曲を最も嫌っていたのがジョン・レノンです。彼はこの曲を「ポールのおばあちゃん音楽」と揶揄し、レコーディング中も終始不機嫌だったと言われています。

特に問題となったのは、ポールが何度も録音をやり直させたことです。ジョンは最終的に「もうウンザリだ!」と言わんばかりに、スタジオにふらりと現れ、ピアノをかき鳴らして強引に録音を進めたと伝えられています。 また、当時のビートルズはメンバー間の軋轢が深まっていた時期でもありました。ポールの主導権が強まり、ジョンやジョージが不満を募らせていたことも、「Ob-La-Di, Ob-La-Da」への反発につながったのかもしれません。

それでも愛される理由

一方で、この曲には確かな魅力があります。その最大のポイントは、圧倒的な「ポップソング」としての完成度の高さです。シンプルながらキャッチーなメロディは、聴いた人の心に残りやすく、子どもから大人まで幅広い層に親しまれています。実際、この曲はイギリスやアメリカだけでなく、世界中でヒットし、後にマーマレードというバンドがカバーして全英1位を獲得するほどの人気を博しました。

さらに、スカの要素を取り入れた点も見逃せません。1960年代後半のイギリスでは、ジャマイカ音楽の影響が広まりつつあり、ビートルズがその流れを取り入れたことは、後のスカやレゲエの発展にも影響を与えました。もしこの曲がなければ、ビートルズの音楽的探求は少し違った形になっていたかもしれません。

「イエロー・サブマリン」との違い

「Ob-La-Di, Ob-La-Da」と「イエロー・サブマリン」は、どちらもビートルズの明るくポップな楽曲として知られています。しかし、その受け入れられ方や文化的影響には違いがあります。

「イエロー・サブマリン」は1966年にシングルとして発売され、アルバム『リボルバー』に収録されました。当初から幅広い層に受け入れられ、後に同名のアニメ映画のテーマ曲となったことで、さらに文化的な影響力を増しました。発表当時は様々な解釈を呼び、単純な子ども向けの曲以上の複雑な受け止め方をされました。

一方、「Ob-La-Di, Ob-La-Da」は1968年の『ホワイト・アルバム』に収録されました。この曲は純粋なポップソングとして発表され、最近の研究では「最も完璧なポップ・ソング」と評価されています。スカの影響を受けた軽快なリズムと親しみやすいメロディが特徴で、多くのリスナーに愛されています。

両曲とも、ビートルズの多様な音楽性を示す重要な作品として位置づけられています。「イエロー・サブマリン」がより広範な文化的影響を持つ一方で、「Ob-La-Di, Ob-La-Da」はポップミュージックの傑作として高く評価されています。どちらの曲も、ビートルズの音楽的才能と創造性を示す素晴らしい例と言えるでしょう。

「軽快さ」にこそ意味がある

「Ob-La-Di, Ob-La-Da」は、確かにビートルズの作品の中では異色の存在かもしれません。しかし、それはこの曲が「単純だから」ではなく、「ポールの純粋な楽しさをそのまま音楽にした」結果なのです。ビートルズは、決して難解な音楽を作るバンドではありませんでした。彼らの魅力は、シンプルなメロディの中にも革新性や遊び心を織り交ぜることにありました。「Ob-La-Di, Ob-La-Da」もまた、その一例と言えるでしょう。

結局のところ、この曲をどう評価するかは聴く人次第です。しかし、何気ない日常の幸せを歌ったこの曲が、今もなお世界中で愛され続けていることは間違いありません。

賛否を分けた名曲:ビートルズの音楽的挑戦

ビートルズの楽曲には、時代を先取りしすぎたものや、独特なアプローチが故に評価が分かれるものが存在します。しかし、それこそが彼らの音楽の奥深さであり、挑戦し続ける姿勢の表れとも言えるでしょう。賛否両論の曲も、時が経つにつれて再評価されることがあり、それぞれの楽曲が持つ魅力は聴く人の感じ方によって変わります。あなたにとって、これらの曲はどのように響いたでしょうか?ビートルズの多様な音楽世界を楽しむきっかけになれば幸いです。

\ オリジナルアルバムの紹介記事を読む  /

全オリジナルアルバムの聞きどころを紹介。詳しいアルバムガイドです。購入に迷っている方は読んでください クリックして詳しく読む

もう少しビートルズを詳しく知りたい方は、歴史を押さえておきましょう。10分で分かるバージョンを用意しております。そして、忘れちゃいけない名曲ぞろいのシングルの歴史もあります。

 さくっと【10分で分かる歴史】をクリックして詳しく読む

 シングル曲の歴史をクリックして読む

手っ取り早くビートルズの最高傑作を知りたい方は、ロックの専門誌「ローリングストーン」誌が選出したオールタイムベストアルバムの記事を読んでください。ロックを含むポピュラー音楽史の中で評価の高いアルバムをランキング形式で紹介しています。

歴史上最も評価の高いアルバムランキングを紹介!ビートルズの作品は何位?

\ ビートルズのグッズを買うならこの店しかない!  /


世界で一番歴史の長いビートルズ専門店「GET BACK」

コメント

タイトルとURLをコピーしました