ビートルズ時代のジョージハリスン(George Harrison)の楽曲は22曲あります。ビートルズが公式に発表している曲は全部で213曲なので、だいたいその1割をジョージが担っているわけです。
「たった1割?ちょっと少なくない?」
なってことを思ってしまいそうですが、でも…、ジョンレノン(John Lennon)とポールマッカートニー(Paul McCartney)といった戦後最大級の作曲家が同じバンドにいた中での1割です。そう考えると、これは意外とすごいことだと思います。
もちろん、数多くの名曲を生み出しています。SomethingやHere Comes The Sunといった曲は、どこかで耳にしたことがあるんじゃないでしょうか。ソロ作品の『All Things Must Pass』なんて名曲のオンパレードです。
「ビートルズがもう1枚アルバムをだしていたらジョージ中心の作品になっていたのではないか」
そういわれるほど、今でこそ高い評価を得ているジョージですが、最初からバシバシと名曲を生み出していたというわけではないんです。というわけで今回は、ジョージハリスンの作曲家として大成するまでの変遷を追ってみたいと思います。
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作曲に悩み苦しむジョージハリスン
ジョージは、ビートルズの中で一番年下のメンバーでした。ジョンとリンゴとは3歳差、ポールとは1歳の差があって、この最年少という事実がバンド内の人間関係にけっこう影響していたんです。
やっぱりジョンとポールにしてみると「弟分」のような存在だったわけで、発言権がなかったといいますか、「弟の言うことは後回し」みたいな感じでした。ジョージの作曲の変遷をみていくうえで、こうした人間関係は興味深い要素なんですね。
そんなジョージが、ビートルズの初期のころ、つまり1962年から1965年の前半までに、作曲をしてリリースしたのは、たったの3曲です。少ないですねよ。
ビートルズには、アルバム1枚に対してメンバー全員がボーカルをとるというルールがあって、作曲さえすれば、その曲を披露するチャンスはあったわけなんですが…、
- 1962年『Please Please Me』…ジョージ作曲作品0曲
- 1963年『With The Beatles』…ジョージ作曲作品1曲(Don't Bother Me)
- 1964年『A Hard Day’s Night』…ジョージ作曲作品0曲
- 1964年『Beatles for Sale』…ジョージ作曲作品0曲
- 1965年『Help!』…ジョージ作曲作品2曲(I Need You、You Like Me Too Much)
と言った感じで、少ないわけです。
ジョージ本人も語っていますが、やはり作曲には悩んでいたんだと思います。しかもすぐ近くにはジョンとポールがいたわけです。この二人の作品と肩を並べる曲なんて、そう簡単にはでできることじゃありません。心中穏やかでない日々を過ごしていたことが想像できます。
そんな感じで作曲に悩む日々を送っていたジョージですが、ビートルズの主演映画『Help!』の撮影時に運命的な出会いをします。この出会いが、実はジョージの作曲家人生を変えることとなるんです。そして、その変化の影響はビートルズ全体に広がり、恐ろしいことに音楽業界全体にも広がっていくんです。
その出会いって、いったいなんだと思いますか?
インド楽器とインド哲学に出会ったジョージハリスン
5作目のアルバム『Help!』のころになると、コツをつかめてきたのか、作曲数も増えてきます。『Help!』には2曲もジョージの作品が収録されています。このまま、ジョンとポールの背中を追いかけていくのかと思いきや、ジョージはここで思いもかけない出会いをします。
インド楽器との出会いです。
主演映画『Help!』の撮影時に、小道具として用意されていたインド楽器シタールを手に取ってしまうわけですね。そこからジョージの音楽は徐々にインド方面に傾いていきます。
きっかけは6作目のアルバム『Rubber Soul』に収録されているジョンの作品Norwegian Wood(ノルウェイの森)でした。ジョンが気まぐれにジョージに向かってシタールを弾くように要求したところ、なんとも幻想的な音色になり、これがばっちりと曲にハマったわけです。
これはいける、オモシロイ。そう思ったジョージはインドの楽器を積極的に取り入れるようになり、7作目のアルバム『Revolver』でインドど真ん中の曲Love You Toを完成させます。どんな曲かというと、全面的にインド。ガラムマサラでスパイシーです。シタール、タブラ、タンブーラの音色で染め上げられています。
そして8作目の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に収録されているWithin You Without Youでは、歌詞までもがインドになっています。「悟りを得ようとする気持ち」を歌詞に込めたのだとか。いよいよスピリチュアルな感じになってきましたよ。
超瞑想を学ぶためにインドへ
事実、ジョージはインドの思想を学ぶため、ビートルズのメンバーを誘ってインドに修行にいっています。ジョージはともかくスピリチュアルなものとは無縁なビートルズですが、そのころマネージャーのブライアンエプスタインを亡くしており、ぽっかりと心に穴が開いていたからゆえの行動だったのかもしれません。
インド訪問の結果、9作目のアルバム『The Beatles(通称:ホワイトアルバム)』は、全体的にインドな香りがプンプンする作品となっています。そして、ビートルズがオリエンタルなものに影響を受けたとなると、音楽業界もそこに合わせるようにオリエンタルに近づいていきます。結果として、多種多様な楽器が用いられるようになり、ロックの幅がぐっと広がったというわけです。
このホワイトアルバムでは、ジョンもポールもインドで影響を受けた曲を書いてるのですが、当のジョージハリスンはどうだったのでしょうか。アルバム『The Beatles』に収録されているジョージの曲がこちら。
- While My Guitar Gently Weeps
- Piggies
- Long, Long, Long
- Savoy Truffle
意外とインドじゃないんですね。ここが謎めくところであり、オモシロいところなんです。名曲While My Guitar Gently Weepsはロックバラードですし、Piggiesは豚ちゃんの歌、Savoy Truffleなんてただただお菓子の名前を連呼する曲です。唯一、Long, Long, Longはインドな感じがしますが、それも歌詞の面だけでサウンド面はインドではなさそうです。
インド熱が冷めた?
いや、間違いなくまだインド熱はありました。というか、ジョージは生涯を通してインドに夢中でした。ビートルズ解散後ソロになっても、My Sweet Roadといったインドの神様礼賛の曲を書いていますしね。うーん、不思議です。いったいなぜなんでしょう?知っている人がいましたら、教えてください。
ともあれ、音楽面ではインドから戻ってきたジョージですが、彼にはまだまだ悩みがありました。それは、ビートルズで一番年下であるがゆえの悩みです。その悩みとはいったい何だったのでしょうか。
作った曲を発表する場がなく悩んでいたジョージハリスン
その悩みとは、作った曲を発表する場がなかったことです。これはビートルズの中後期のアルバムに収録されたジョージの作品数を見てみればわかります。
- 『Rubber Soul』 14曲中2曲
- 『Revolver』 14曲中3曲
- 『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』 13曲中1曲
- 『Magical Mystery Tour』 11曲中1曲
- 『The Beatles』 30曲中4曲
- 『Yellow Submarine』 6曲中2曲
- 『Let It Be』 12曲中2曲
- 『Abbey Road』 17曲中2曲
アルバム1枚に月平均2曲ってところでしょうか。ジョンとポールに比べると、やっぱり圧倒的に少ないんですね。中後期以降、メキメキと作曲能力を伸ばしてきたジョージにとってみれば、納得いかないものもあったはずです。
なんで、ジョンとポールの曲が優先されるのか?
そこの答えは、「年齢が一番下だったから」なんですね。インタビューの記事なんかを拾い読みしてみても、ジョンもポールもジョージのことを、なんとなく下に見ているっぽい感じがします。特にポールなんて、ジョージは中学校の後輩ですからね、対等ってわけにはいかなかったのでしょう。
それで後回しにされた結果がこの曲数だったんです。そりゃ、ジョージにしてみれば、腹立ちますよね。事実、ジョージはたくさんの曲を書き溜めていたそうです。でも、それをビートルズ作品として発表できる場所がなかった。そんな不満があったわけです。
発表する場がない不満をどう解消したのか?
そんな不満を持つジョージは、アルバム『Let It Be』の制作を担当したプロデューサーのフィルスペクターに愚痴ります。するとフィルが「ソロで出せばいいんじゃない」と回答。なるほどってなもんでしょうか。ビートルズが解散してほどなくジョージはソロ作品をリリースします。それが、1970年代を代表する名作と称される『All Things Must Pass』だったわけです。
ビートルズ時代に書き溜めていた曲をここで一気に放出した感じですね。これがまあ大ヒットしました。聞けば分かりますが、名曲だらけです。これが、ビートルズがあと1枚アルバムを出していたら間違いなくジョージ中心の作品になっていただろうと言われる理由です。
以上、ジョージハリスンはどのようにして名曲を生み出してきたのか、でした。
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