ビートルズの超有名曲を作ったのは誰?ジョンレノン?ポールマッカートニー?

ジョンレノン

1967年から1970年 後期ビートルズのシングル作品

明るく楽しいビートルズじゃなくなった!? Strawberry Fields Forever

14作目のシングルはPenny Laneと両A面シングルとしてリリースされたStrawberry Fields Foreverです。この作品はジョンの作品です。曲の雰囲気、歌詞ともにジョンレノンの世界がたっぷりと反映されています。幼少期をテーマにした、いわゆる「ワタクシ語り」作品。ジョンの心の奥底の苦悩をうかがい知ることができます。ちなみにストロベリーフィールズとは少年ジョンレノンが忍び込んで遊んでいたという孤児院の名前です。

故郷リバプールを歌ったPenny Lane

Strawberry Fields Foreverと両A面シングルとしてリリースされたPenny Laneはポールの作品です。この曲も幼少期をテーマにしていますが、Strawberry Fields Foreverとは対照的に明るく朗らかな感じがする曲です。このあたりからジョンとポールの作風の違いが明確になってきます。ちなみにペニーレインとは、リバプールにある通りの名前。曲中に登場する床屋や銀行は、ビートルズゆかりの地として観光名所となっています。

フラワームーブメントの主題歌 All You Need Is Love

1967年、時代はLove&Peace真っただ中。その時代の象徴的な曲が、ジョンレノンによるAll You Need Is Loveです。世惚れたはれたのLoveではなく、抽象概念としてのLoveを歌っています。この曲の歌詞の解釈は非常に難しい…。ともあれAll You Need Is Loveというフレーズは、シェイクスピアのLove is blindクラスの名言だと思います。

賛否両論を巻き起こした Hello, Goodbye

幻想的なサウンドが良しとされていた、いわゆるサイケデリックムーブメントの真っただ中にあって、最低限の歌詞とメロディで構成されたシンプルな作品、Hello, Goodbyeはポールによるもの。もちろん世界中で大ヒットした曲ですが、あまりにポップであるため批判も受けた作品。個人的には、サウンドも歌詞もややこしくなりすぎている音楽業界へのポールからの皮肉だと思っています。ちなみにB面がジョンのI Am The Walrusで、こちらはサイケデリックど真ん中の作品。この対比がやっぱりたまらないんです。

脱サイケデリックミュージック Lady Madonna

1968年3月にリリースされたLady Madonna はポールマッカートニーの作品。前作Hello, Goodbyeに続き、非常にシンプルな楽曲です。サイケデリックミュージック路線から脱して、原点である1950年代のロックンロールに回帰した作品。イントロのピアノが良い感じです。ちなみにこの曲のB面はThe Inner Lightというジョージハリスンの作品。B面ながらシングルに取り上げられたジョージの初作品です。

ジョンの息子のために作られた曲 Hey Jude

言わずと知れた大名曲Hey Judeはジョンの息子ジュリアンをはげます曲としてポールが手掛けた作品です。1968年当時、オノヨーコとの不倫関係にあったジョンは妻と別居中。両親の不仲により不安定になっていたジュリアンをはげますために作られたのがこの曲です。ポールって優しいですね。ちなみにジョンはこの曲を自分のために書かれたものだと解釈していたそうです。

もう一回、コンサートをやろう! Get Back

Get Back のタイトル通り、原点に立ち返ろうと制作されたのが曲。ポールマッカートニーの作品です。1966年に観客がうるさいという理由でコンサート活動をストップしていたビートルズですが、もう一度、原点に立ち返りコンサートをやろうとしてセッションを繰り返す中で完成した作品。映画の企画ではあったものの、突然の屋上で始めたコンサートは今もって伝説となっています。ジョンのリードギターが最高にいい!

ジョンとヨーコの結婚を歌った The Ballad of John and Yoko

いちおう作曲のクレジットはレノンマッカートニーとなっていますが、これはもう明らかにジョンレノンの作品です。本人が登場するビートルズの中でも異質な曲です。もうひとつ異質な点はジョンとポールの二人だけでレコーディングされていること。なぜ二人だけ?を調べていくと当時のビートルズの人間関係が覗けておもしろいですよ。

ビートルズの楽曲でも屈指の名作 Something

Something は Come Together と両A面シングルとして1969年にリリースされました。これまですべてのシングルのA面はジョンかポールの作品でしたが、ここにきてついにジョージハリスンの楽曲がA面を飾っています。さすがにジョージに気を遣った…?いいえ、忖度なしの名曲だからゆえのA面です。いまやビートルズの代表曲のひとつとも言える作品です。

イントロのベースがファンキー Come Together

Somethingとともに両A面シングルとしてリリースされたCome Together はジョンの作品です。イントロで聞こえるシュ!は「Shoot me」で、つまり「撃て!」と言っています。また同時に聞こえてくるベースも印象的です。名作アルバム『Abbey Road』の1曲目を飾る曲で、アルバム全体の雰囲気を決定づけていると思えるほどに印象的な曲です。

ビートルズが最後にリリースした Let It Be

1970年3月にリリースされた Let It Be は、ポールマッカートニーの作品です。1970年に解散するビートルズの最後のシングルとなってしまいました。超有名曲なので今さら説明は不要ですね。ビートルズの代表さくとも言われる作品です。この曲を聞けば、才能の枯渇がビートルズ解散の理由じゃないことが、わかりますね。リンゴスター曰く、ビートルズの解散は「夫婦の離婚」みたいなもの。最後まで関係性をつなぎとめようと頑張ったポールが最後の最後に「なすがまま」と歌ってビートルズは解散していきます。

後期ビートルズまとめ

1967年から解散までを後期ビートルズとして考えると、この期間のジョンの作品は4曲、ポール6曲、ジョージ1曲という結果になりました。後期はポールのほうがシングルA面が多いようですね。

ビートルズ通期を通して数えてみると、ジョンが10曲でポールが11曲、そしてジョージが1曲という結果になりました。数字だけをみても、やはりジョンとポールの実力は拮抗していたと言わざるを得ませんね。

以上、「ビートルズの有名曲って誰が作ったの?」でした。
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